梓みちよさんといえば「こんにちは赤ちゃん」と「二人でお酒を」がパッと思いつきますね。
そんな梓みちよさんは76歳で逝去されています。
この記事では梓みちよさんの死因についてや代表曲の「こんにちは赤ちゃん」の秘話。
夫や子どもについても書いています。
最後までお読みいただけると嬉しいです。
梓みちよの死因と孤独死について
梓みちよさんは2020年に心不全で逝去しました。
76歳でした。
梓みちよさんが亡くなった日はマネージャーが出演番組の打ち合わせのため、梓みちよさんの自宅マンションを訪れました。
しかしインターホンの反応がありませんでした。
梓みちよさんのマネージャーが前日に送ったメールにも返信がありません。
合鍵を使って部屋に入ると梓みちよさんがベッドの上で冷たくなっていました。
警察を呼びましたが事件性はなくその場で死亡が確認されました。
梓みちよさんは一人暮らしでしたから世間的には孤独死となりますね。
孤独死=哀れとか寂しいという言葉で表されることが多いイメージです。
梓みちよさんは1972年に俳優の和田浩治さんとの離婚後は一人暮らしをしていました。
しかし、ゆったりと穏やかに過ごしていたようです。
息を引き取る時に看取る人が近くにいなかったのは寂しいことかもしれませんね。
梓みちよさんは膝が悪く杖をつかないと歩行が困難ではあったものの亡くなる数日前までは大変元気に過ごされていたようです。
そう思うと梓みちよさんにとって誰にも気兼ねすることなく自由に過ごすことができた一人暮らしです。
最後まで生き抜いた証といえるのではないでしょうか。
世間でいう哀れでも寂しいでもない死だったと私は思います。
梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」の秘話
「こんにちは赤ちゃん」は、第一子が誕生した作曲家の中村八大さんに作詞家の永六輔さんが贈った曲です。
当初はパパ目線の歌詞だったのですが梓みちよさんが歌うのに合わせてママ目線になりました。
パパ目線の歌詞とはどんな内容だったのでしょうか、それはそれで知りたいですね。
梓みちよさんは1963年11月に発売から約1ヶ月後には日本レコード大賞を受賞しました。
しかも同年に紅白歌合戦に初出場しました。
1964年には学習院初等科同窓会に招待され昭和天皇の御前で「こんにちは赤ちゃん」を披露しています。
明治時代以降において日本芸能界初の天覧歌謡曲となりました。
歌手にとって、こんな名誉なことはないですよね。
梓みちよさんは、その後何を歌っても「こんにちは赤ちゃんにはかなわない」重すぎて耐えられないと悩む時期がありました。
引用 月刊スポーツ
役者の世界でも、はまり役をやって売れるとイメージがつき過ぎて他の役が出来ないと聞いたことがあります。
それと同じように打破するのは並み大抵のことではないでしょうね。
梓みちよさんは1974年に大人の女のイメージに「二人でお酒を」で転換しました。
あぐらをかきながら歌うスタイルを自ら提案します。
梓みちよさんの「二人でお酒を」は大ヒット。
そのためディナーショーでの仕事が増えるににつれ「お酒の席で赤ちゃんの歌は歌えない」と思うようになります。
次第に「こんにちは赤ちゃん」を歌うことを封印した時期もありました。
しかし、こんな気持ちの変化も・・・
梓みちよさんは「『こんにちは赤ちゃん』は私にとって世に出してもらうきっかけであり、一番の宝物だから大切にしよう!」
引用 月刊スポーツ
40年かかってそんな気持ちになれたそうです。
アンコールの最後にやっと歌えたんですと明かしています。
大ヒット曲の裏側には、こんな葛藤があったのですね。
40年とは長いですよね。
長年のファンとしては梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」を待ち望んでいたのではないでしょうか。
会場に足を運んだファンは梓みちよさんの生の「こんにちは赤ちゃん」が聴けて本当に嬉しかったと思います。
梓みちよの旦那(夫)は?子供はいるの?
梓みちよさんは1971年に俳優の和田浩治(わだこうじ)さんと結婚しています。
しかし翌年の1972年に離婚しています。
そのため二人の間には子供はいません。
その後も梓みちよさんは再婚をすることはありませんでした。
生涯独身を貫いたため子供はいません。
梓みちよさんは1970年には元夫の和田浩治さんからのプロポーズを受けています。
翌年に結婚をしたので電撃婚と言われていました。
今の時代も電撃婚とかビビビッ婚とか言われますことがあります。
そんなとんとん拍子に結婚をして翌年には離婚するとは離婚も電撃だったのですね。
梓みちよさんは離婚後一人暮らしとなりました。
しかし近年も美容商品をプロデュースし通販番組に出演するなど精力的に活動していました。
梓みちよさんは70代とは思えないほど肌がツヤツヤしていましたよね。
日頃のお手入れと美意識が高い証明ですね。
関係者によると近年は杖をついて歩くことも増えてきたため歌謡イベントや音楽番組の出演は少なくなったようです。
まとめ
今回は梓みちよさんが逝去されていたと知り改めてその人生を調べてみました。
死因については心不全で孤独死だったそうです。
昭和を代表とする歌手であり、大きな愛された存在だっただけに、とても寂しい気持ちになりました。
梓みちよさんの大ヒット曲といえば「こんにちは赤ちゃん」です。
この曲は今でも多くの人に親しまれ、歌い継がれています。
伸びやかで優しい歌声が印象的ですね。
若いママの雰囲気にピッタリで聴く人の心を温かく包み込みます。
時代を超えて愛される理由が、歌声から自然に伝わってきます。
また「二人でお酒を」も梓みちよさんの代表曲のひとつです。
大人の情感あふれる一曲で、多くの人の記憶に残っています。
あぐらをかいて歌うスタイルは、とても斬新でした。
気取らず自然体で本当にかっこよかったですね。
梓みちよさんは、最後まで歌を愛し続けました。
ジャンルにとらわれず、幅広い歌に挑戦する姿勢も素晴らしかったです。
その歌声と生き方は、これからも人々の心に残り続けると思います。
改めて、梓みちよさんのご冥福をお祈りいたします。

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