南こうせつさんは日本を代表するシンガーソングライター。
かぐや姫のリーダーとして「神田川」や「赤ちょうちん」などの名曲を生み出してきました。
グループ解散後もソロアーチストとして活躍しています。
今回は南こうせつさんに迫ってみたいと思います。
南こうせつさんは妻の育代(いくよ)さんに一目惚れ!
南こうせつさんは高校を卒業後、大学に進学するために上京しました。
東京・杉並区の高円寺でアパート暮らしを始めます。
この時、となりの部屋に住んでいたのが妻の育代さんだったのです。
ある日、南こうせつさんの部屋に届くはずの荷物が、となりの育代さんの部屋に届いてしまったそうです。
その荷物を育代さんが、南こうせつさんの部屋に届けてくれました。
これが初めての出会いとなります。
南こうせつさんは育代さんさんを見るなり「可愛いひとだなぁ~」と思ったそうです。
まさに南こうせつさんの一目惚れ。
南こうせつさんからしたら「配達員さん、よくぞ間違えて配達してくれました」と言いたいところですね。
南こうせつさんは、その時はすでにアーチストとしての活動をしていました。
その日は夏の暑い日で南こうせつさんは『オールナイトニッポン』の深夜放送明けでした。
朝の4時ころに寝入ったばかりのところにピンポンが鳴ったのです。
可愛らしい女性が来てくれたというのに、髪はボサボサのTシャツ姿でパンツ一丁でした。
南こうせつさんは「失敗した~」と思ったそうです。
寝ぼけまなこで玄関の扉をあける南こうせつさんの様子が目に浮かびますね。
育代さんも、そんな姿に驚かれたことと思います。
その後半年間ほどは、何もなかったそうですがアパートのゴミ置き場で2人は再会。
それがきっかけで交際がはじまりました。
飾らない出会いだったからこそ、お互いに好感がもてたのではないのかなぁと私は思います。
その後南こうせつさんと育代さんは結婚します。
南こうせつさんと結婚した妻の育代さんの職業はエッセイストです。
現在は「南いくよ」の名前で活動しています。
南こうせつさん妻の育代さんとの結婚と子供たち
南こうせつさんと妻の育代さんは1973年に結婚しました。
南こうせつさんは「徹子の部屋」で、南こうせつさんと妻の育代さんとの間に3人の子供がいると明かしています。
子供の名前や職業について番組内では話していません。
南こうせつさんは「徹子の部屋」に何度も出演していますね。
毎年恒例の「徹子の部屋コンサート」にも参加しており、毎回楽しいお話や歌を届けてくれています。
南こうせつさんの3人の子供については2026年の時点
・第1子(長男)1975年生まれ 51歳
・第2子(長女)1979年生まれ 47歳
・第3子(次男)1994年生まれ 32歳
です。
長男と次男とは19歳もの年の差があるのですね。
南こうせつさんの長男は東大の医学部卒業なんていう説もあるようです。
しかし、こちらは事実ではないようです。
長女の娘さんは写真家の南しずかさんです。
南こうせつさんは娘さんについてインタビューで語るようなことはありません。
ですが、娘さんの南しずかさんが自身のSNS(公式X)にて、父親である南こうせつさんの行動や予定について配信しています。
南こうせつさんの娘さんの南しずかさんのプロフィールはこちらです。
◆南しずか プロフィール
1979年東京都生まれ、大分県育ち。東海大学工学部航空宇宙学科、International Center of Photography: フォトジャーナリズム及びドキュメンタリー写真1カ年プログラム 卒業。
2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグ、東京五輪のゴルフ競技など、主にプロスポーツイベントを撮影するフリーランスフォトグラファー。米国で最も人気のあるスポーツ雑誌「Sports Illustrated」の撮影の実績もある。ライフワークとして、世界のお祭りを10年以上撮影。
引用:Shizuka Minami-Photographer
南しずかさんは超一流アスリートたちの歴史的瞬間を10年以上にわたり撮影し続けています。
アメリカの有名写真誌で年間大賞を受賞するなど、高い評価を受ける彼女は日本を拠点に世界を飛び回っているという仕事ぶり。
2022年10月4日放送のフジテレビ「7RULES(セブンルール)」では特集が組まれるほどです。
音楽家の父と写真家の娘、芸術的才能を娘さんは受け継がれたということになりますね。
親子でコラボするような日が来るのでしょうか、楽しみにしたいです。
南こうせつさんは現在、故郷大分県に引っ越しました
南こうせつさんは現在、自身の故郷である大分県の国東半島にある杵築市(きつきし)にお住まいです。
南こうせつさんは東京で多忙な日々を送る中で「音楽を続けながら人として幸せになるには」と、自分に問いかけながら生活していました。
そんな時「自然の中で暮らしたい」という思いがこみ上げてきたのです。
そこで妻の育代さんに相談し、富士山の麓に移住します。
東京を離れたのは、ソロになった26歳のとき。子どもたちを自然のなかで育てたいと思って
引用先 婦人公論・JP
南こうせつさんは自然が大好きですから、子供達も自然の中で育てたいと思ったようです。
その時の生活の様子は、エッセイストである妻の育代さんの「富士山からのおくりものーこうせつ一家・四季のうた」(1979年)に書かれています。
私も、この本を拝読しました。
朝、目覚めると目の前に富士山が鎮座している光景が毎日みれる生活。
何とも贅沢で羨ましく思いました。
南こうせつさんは、富士山の麓で7年ほど生活をしました。
しかし
とにかく寒くてねえ。家庭菜園で野菜をつくろうにも、1年に2ヵ月くらいしか収穫できる期間がない(笑)。
引用先 婦人公論・JP
という理由で、暖かな場所を求めてたどり着いたのが大分の国東半島です。
南こうせつさんはハリウッドスターに負けてたまるか!との意気込みで、3000坪弱の土地にガラス張りの真っ白な大きな家を建てました。
別棟にはアトリエも作ったそうです。
念願のマイホームを手に入れた南こうせつさん。
朝起きたら窓から海がみえる、気持ちのいい風が吹き抜ける理想の家だったでしようね。
しかし、還暦を過ぎた頃からこの家は老後に暮らす家としては広すぎる。
と思うようになりました。
たしかに子供達も巣立ち、老夫婦で暮らすには掃除も大変ですし大きな家は必要ないですよね。
そこで、南こうせつさん70歳でようやく平屋でコンパクトないえに建て替えたのです。
建て替えたのはよかったのですが、ここでもまた問題が。
大きな家からコンパクトな家にするには、大量の物を処分しなくてはなりません。
南こうせつさんは「こんなに大変なことはないってくらい物を処分するのが大変だった」と話しています。
この仕事をしているとTシャツがとんでもない数になるんですが、300枚を1枚ずつ手にとって「これはあのコンサートのときの……」なんて立ち往生。執着心との闘いですから、進むわけがない。(笑)
引用先 婦人公論・JP
そんなこんなででしたが、今は落ち着き妻の育代さんと畑作業を楽しみながらの生活を送っています。
大分県での暮らしぶりは「徹子の部屋」で紹介されました。
色とりどりの収穫した野菜を妻の育代さんが料理してくれる様子や、ガーデニングも楽しんでいらっしゃいます。
妻の育代さんも田舎暮らしが好きな人で本当に良かったですね。
南こうせつさんは現在、仕事が入れば上京するというスタイルをとっています。
南こうせつさんが若かりし頃に思い悩んでいた「音楽を続けながら人として幸せになるには」という答えが、まさに今の生活ではないでしょうか。
大好きな自然の中に身をおきながらも、音楽に携わる仕事も出来る。
最高の人生だと思います。
これからも夫婦円満でお幸せに。
そして、日本のフォーク界のレジェンドとして素晴らしい曲を作り続け、明るい歌声で多くの人を元気にしていってほしいです。

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