昭和の名曲「異邦人」で一世を風靡した久保田早紀さん。
あれから久保田早紀さんはどうされたのでしょうか。
結婚したのかな?旦那さんはどんな人?子供さんは?現在の様子など。
気になるあれこれを調べてみました。
こちらの記事を読んでいただければ久保田早紀さんのその後がわかりますよ。
どうぞ最後まで読んでみてくださいね。
久保田早紀の夫は誰ですか?馴れ初めは?
久保田早紀さんの夫は、久米大作(くめだいさく)さん69歳(2026年現在)です。
日本のキーボーディストであり作曲家 編曲家 音楽プロデューサーでもあります。
久保田早紀さんの夫、久米大作さんとは所属事務所が同じでした。
所属事務所だけでなくマネージャーも同じという巡り合わせ。
「ザ.スクェア」のキーボード担当だった久米大作さんのライブを久保田早紀さんが観に行ったことが、きっかけとなりました。
一方的に久米大作さんのファンに久保田早紀さんがなったことが馴れ初めになります。
先にアプローチしたのは久保田早紀さんの方だったようですね。
私としては久保田早紀さんの方がアプローチするとは以外な気もします。
しかし久米大作さんの奏でる音楽は久保田早紀さんの心をとらえて離さなかったのでしょうね。
素敵な出会いだと思います。
いつ頃二人が付き合い出したのか結婚までの期間などについては明らかになってはいません。
その後久保田早紀さんが26歳の時に結婚しています。
久保田早紀さんの夫、久米大作さんはクリスチャンではありません。
ですが久保田早紀さんとの結婚を機に改宗されました。
久保田早紀さんは夫の久米大作さんが改宗してくれたことに
できれば信仰に対する価値観が一致しているほうがいいと思っていたので嬉しかったです。
引用先 婦人公論・JP
と話しています。
このような事実からして、お二人の絆や価値観が同じであると感じられます。
久保田早紀さんの子供は息子さんですか?
久保田早紀さんには子供さんが1人います。
38歳の時に妊娠39歳で長男を出産しています。
久保田早紀さんが26歳で結婚を機に芸能界を引退してから12年間、子供を授かることはありませんでした。
久保田早紀さんは12年間の長期間にわたって不妊治療をしました。
長年の不妊治療を経験された久保田早紀さん12年間とは本当に長い道のりだったと思います。
久保田早紀さんは自身の出産について
看護師さんが私のことを名前ではなく、「○号室の高齢(こうれい)さんがね…」と話していたのを耳にしてしまって(笑)。35歳過ぎのいわゆる高齢出産が少なかった「時代」を感じますね。
引用先 WENDY-NET
と話しています。
39歳での出産というのは当時の風潮からしたらかなりの高齢出産扱い。
久保田早紀さんとしては相当の覚悟と決意だったと想像します。
久保田早紀さんも子供を授かることは半ば諦めていたので感謝です、と話されています。
私も子を持つ親として子供を授かる事は奇跡のように感じます。
子供を授かった時の喜びや出産までの期待と不安な日々は私が今思い出しても長く尊い期間でした。
久保田早紀さんの場合39歳での出産です。
その後の子育てについての苦労話は「異邦人」発売40年の記念出版「二人の異邦人」にも掲載されています。
長年の不妊治療を経て出産した息子さんですが子育ては大変だったようです。
わが子はすばらしい信仰生活を送っているとか、そんなふうに書けたらいいのでしょうけれど(笑)、私の話は残念ながらそうではありません
引用先 月刊いのちのことば
実際には反抗期が凄くて、かなり苦労をされたそうです。
その辺りのことについても正直な気持ちを著書に書かれています。
「うちも同じ」という気持ちで、自伝を読んでいただけたら嬉しいそうです。
今回、久保田早紀さんがこの自伝を書くことを決めたのは、息子さんが20歳を超えたこと。
子育ても一段落して自分自身のなかで一区切りできたと思えたこともあるそうです。
久保田早紀さん自身はは一人っ子です。
自分自身のファミリーヒストリーというものを形に残して、息子や親類たちに伝えておきたいという気持ちがありました。
引用先 月刊いのちのことば
久保田早紀さんは過去と向き合い記憶の掘り起こしをしながら、とにかく正直に等身大で書くように務めたそうです。
久保田早紀さんの子育てについての苦悩も正直にかかれていますが、時代の空気感まで伝わってくるようなエピソードが満載です。
今だからこそ話せる話もあり読み応え十分です。
久保田早紀さんについて、もっと詳しく知りたい方は是非手に取って読んでみてくださいね。
久保田早紀さんの現在は?音楽宣教師とは?
久保田早紀さんは68歳(2026年現在)で本名 久米小百合(くめさゆり)
現在はキリスト教の「音楽宣教師」として活躍しています。
1985年に結婚を機に久保田早紀としての音楽活動を引退しました。
キリスト教の洗礼を受けたことがきっかけでそれ以来、協会やミッションスクールを中心に音楽宣教師として活動。
新しいスタイルのチャペルコンサートを各地で開催しています。
音楽宣教師とは音楽を用いてキリスト教の教えを伝えるというお仕事です。
久保田早紀さんは当時、歌手としてデビューはしたもののテレビカメラの前で歌ったり喋ったりすることに苦手意識がありました。
自分の音楽のルーツは何であるのかを考え続ける日々を送っていました。
自分の音楽の原点って何だったかなと振り返り、なぜか思い浮かんだのが幼い頃に教会で聴いていた賛美歌でした。
引用先 婦人公論・JP
教会で讃美歌を歌っていた幼い頃の記憶か蘇ったことで、自分の居場所をみつけた久保田早紀さん。
キリスト教の教えが彼女の中で呼び起こされ音楽宣教師という天職に繋がりました。
当時の久保田早紀さんの歌う「異邦人」は決して明るく歌う曲ではありませんでした。
しかし、彼女が思い悩みながら歌い続けていたかと思うと、とても切なくなりますね。
久保田早紀さんが音楽宣教師に出会えたことは彼女の運命だったと思います。
久保田早紀さんがキリスト教の教えを音楽でどのように表現するのでしょうか。
彼女の歌う讃美歌と共に、私も是非とも聴いてみたいです。
まとめ
久保田早紀さんは「異邦人」で1979年にデビューしました。
まさに彗星のごとく現れ透き通るような美しさと、どこかものさみしそうな雰囲気。
エキゾチックな曲に合わせて歌う歌声は人々の心に残りました。
まさに昭和歌謡を代表するヒット曲になりました。
当時は「異邦人」がCMにも起用されていたことから誰もが口ずさんでいた記憶があります。
私だけでなく歌詞も空で歌えたような気がします。
今でもカラオケでよく歌われていますが何度聴いてもいい曲ですね。
あの久保田早紀さんは、今どうしているのか?という素朴な疑問から、久保田早紀さんのその後を調べてみました。
ヒット曲の裏側には彼女が20代の時、彼女なりの葛藤がありました。
悩みながら自分の音楽へのルーツを探し求めていた時期があったのですね。
久保田早紀さんは音楽宣教師というものに出会えたことで「人生には無駄なことは一つもない」と話しています。
久保田早紀さんは67歳(2025年現在)という年齢を迎えたました。
年齢を重ねた彼女の言葉だからこそ真実であり、これからを生きる若者へのエールになると思います。
今はクリスチャンとなり音楽宣教師として活動されている久保田早紀さん。
彼女の歌声は今も人々の心を慰め癒し続けています。
久保田早紀さんの今後の活躍と幸せをお祈りしています。
久保田早紀さんの若い頃や大ヒット曲「異邦人」誕生についての記事も書いています。よろしければ合わせて読んでみてくださいね。



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