志村正彦に妻?彼女は椎名林檎って本当?今でも愛され続ける理由

シンガーソングライター

フジファブリックのボーカル志村正彦さんというアーティストを私は知りませんでした。

たまたま旅行先で入った喫茶店の壁に彼のファンから、彼へのメッセージが張り巡らされていました。

この人は誰?という疑問から志村正彦さんを調べてみたくなりました。

志村正彦さんに妻?彼女は椎名林檎さんなの?

志村正彦さんは結婚していないため妻はいません。

志村正彦さんの彼女は椎名林檎さんという噂もあるようですが、実際には付き合っていたわけではないようです。

椎名林檎さんとはミュージシャンとして交流があったという程度のようです。

志村正彦さんの女性ファンとしては彼女の存在は大変気になるところではあると思います。

志村正彦さんは甘いルックスと手足が長く、スタイルの良さも人気の理由の一つだったようですからモテモテだったのでしょうね。

志村正彦さんが亡くなった前日の夜に椎名林檎さんが志村正彦と飲み、酔っぱらってしまった志村正彦さんを椎名林檎さんが自宅まで送り届けて帰っています。

志村正彦さんと椎名林檎さんとは飲み仲間であり友人関係ではあったようです。

志村正彦さんは自身の恋愛についても「気軽に恋愛とか出来ればいいんですけど、僕はそんなに簡単に人と付き合えないし、僕は全くそういうものに適していない人間だったから・・・」と話しています。

そのことからも志村正彦さんは恋愛に関しては、あまり積極的ではなかったようですね。

 

志村正彦さんの死因について

志村正彦さんは2009年12月24日に29歳の若さで急逝しています。

12月23日から連絡が取れなくなったことを心配したマネージャーが、志村正彦さんの自宅を尋ねたところパソコンの前で亡くなっていました。

翌日の12月25日に公式サイトで志村正彦さんが亡くなったことが、公表されました。

若者にとっては一年で一番ロマンティックな時を過ごす12月24日はクリスマスイブです。

そんな日に志村正彦さんが亡くなり、12月25日のクリスマスに亡くなったことが公表されました。

志村正彦さんのファンや家族の気持ちを思うと、どれだけショックで悲しかったことでしょう。

言葉にできない程の深い悲しみと寂しさだったと思います。

志村正彦さんの死因については、この時の公式発表でも「病名(死因)不詳」となっており、いろいろな憶測が飛び交いました。

しかし死因の真相については分かっていません。

志村正彦さん自身は曲作りにストイック過ぎることで、食事もあまり取ることなく睡眠時間もほとんどない生活を繰り返していたようです。

音楽に集中するあまり栄養失調や疲労が蓄積していたのではないでしょか。

2007年頃には体調不良で医者からも「いろいろなことを考えないで仕事を休まないと、何年か後に死んじゃうよ」と言われていたそうです。

まさに高みを目指すミュージシャンの性というものなのでしょうか、本当に切ないですね。

 

志村正彦さんの代表曲「若者のすべて」が教科書に

2021年9月10日の山梨日日新聞には、来年度の高校音楽の教科書に志村正彦さんの代表曲「若者のすべて」が採用されることが決まったと掲載されています。

志村正彦さんの同級生やゆかりがある人たちは「地元の誇り」と喜びました。

採用されるのは「令和4年度 高等学校用教科書 音楽1」で高校一年生向けの音楽の教科書です。

1970年代から10年ごとに現在までの推移を区切って紹介する「ポピュラーソング」の企画で、2000年代を彩った曲として選ばれました。

志村正彦さんの「若者のすべて」を教科書で知る生徒たちは、生徒たちが生まれる前の曲になります。

しかし、こんな形で知ってもらえるとは志村正彦さんもきっと喜んでいるでしょうね。

志村正彦さんが作詞作曲した「若者のすべて」は夏の終わりの夕暮れ時に街の風景や心情を歌った曲です。

志村正彦さんは山梨県富士吉田市の出身です。

私がたまたま訪れた喫茶店は、志村正彦さんが幼少期によく訪れていた富士吉田市の「M-2」というお店です。

志村正彦さんも、この美味しい食事を幼い頃から楽しんでいたんだろうなぁと思うと感慨深いものがありました。

 

志村正彦さんが愛され続ける理由

志村正彦さんは生前、ライブで決まって「山梨県富士吉田市出身の志村正彦です」と自己紹介していました。

志村正彦さんは自身の地元を知って欲しいという思いから、志村正彦さんが手書きでつくった散策マップを作っています。

この散策マップに幼なじみの市の職員が志村正彦さんの思い出を書き加えて、志村正彦さんを偲んで訪れるファンに配ったりもしています。

私が旅先でたまたま入ったお店が、志村正彦さんが幼い頃によく訪れた喫茶店だったことで、私は初めて志村正彦さんを知りました。

今回、志村正彦さんを調べる中で彼の才能やミュージシャンの間での評価が高く、有名アーティストが志村正彦さんの曲をカバーしていることに驚きました。

志村正彦さんが通ったとされる喫茶店「M-2」には、毎年今でも志村正彦さんの命日(12月24日)になると全国から志村正彦さんを偲んでファンが訪れています。

私が訪れたのは2025年12月6日、たとえ偶然だったとしても志村正彦さんの命日が近いですよね。

この街とここに住む人たちを愛した志村正彦さんが、志村正彦さんとこの街をもっと多くの人に知ってもらいたいという気持ちが伝わってきました。

私は志村正彦さんから、一人でも多くの人にこの街の良さを広めてね!と言われているような気がして、今回志村正彦さんを記事にしました。

志村正彦さんが通った喫茶店から少し歩いて表通りにでると、スマホの画面に収まり切れないほどの富士山が鎮座しています。

この景色も志村正彦さんが見て欲しい、自慢の地元の景色なんだろうなぁと思いました。

こんなにも地元の人たちから愛され今でも多くのファンに愛される志村正彦さんは、若くして急逝してしまったことは残念ですが幸せだなぁと思います。

これからも志村正彦さんの歌は歌い継がれていきます。

志村正彦さんとの出会いに感謝しつつ、改めて志村正彦さんのご冥福をお祈りいたします。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました