小林旭と美空ひばりの結婚は「理解離婚」へ!隠された切ない真実とは

歌手

小林旭さんと美空ひばりさんは、昭和を代表する大スター同士

誰もが羨むような華やかな結婚に見えましたが、その裏には、

本人たちだけではどうにもできなかった複雑な事情と、深い悲しみがありました。

この記事では、二人の出会いから結婚、

「理解離婚」という言葉まで生まれた二人の別れについて。

また時代に翻弄された切ない愛の形について書いています。

最後までお読みいただけたら嬉しいです。

 

世紀の結婚・・しかし小林旭は”戸籍上は独身”だった

1962年5月29日小林旭さんと美空ひばりさんはそろって婚約会見を開いています。

昭和最大級とも言われたビッグカップル誕生!日本中に衝撃を与えました。

世間は祝福ムード一色でした。

お二人そろって超人気スターですからね、メディアも大騒ぎでした。

そして同年11月5日、日活国際ホテルで豪華な結婚式を挙げます。

まるで映画のワンシーンのような華やかさ、当時の写真を見ても、

まさに幸せの絶頂!!おふたりの笑顔が輝いています。

誰もが「理想の夫婦」と思っていたと思います。

しかし実際には、二人は戸籍上入籍していませんでした

理由は、美空ひばりの母親の加藤喜美枝さんの反対があったからと言われています。

つまり二人は、“事実婚”という形だったのです。

華やかな結婚式を挙げながら、法律上は夫婦ではない

その事実には、どこか不安定で切ないものを感じますね。

私は何よりも”子供の幸せが親の幸せ”と思っています。

しかし、そこには国民的スターだからこその深い事情があるようです。

それでも小林旭さんは後年、

「ひばりは懸命に良き妻を演じようとし、女としては最高だった」

引用先 徹子の部屋

と話しています。

この言葉からは、小林旭さんが美空ひばりさんを一人の女性として

本当に愛していたことが伝わってきます。

ステージでは誰よりも堂々としていた美空ひばりさん

しかし、家庭では”普通の妻”になろうと必死だったのかもしれませんね。

料理を作り、夫を支え、穏やかな家庭を築こうと努力していたのだと思います。

国民的スターでありながら、一人の女性として愛されたかった

そんな願いが、美空ひばりさんの中にあったように感じます。

けれど、その幸せは長く続きませんでした

 

雑誌の対談から始まった運命の出会い

二人の出会いは雑誌での対談でした。

当時すでに国民的スターだった美空ひばりさんと”マイトガイ”として人気絶頂だった小林旭さん

まさに、昭和を象徴するビッグスター同士

最初は仕事を通じた交流でしたが、次第に二人は惹かれ合い

自然と交際へ発展していきました。

しかし、その恋愛は普通の恋ではありませんでした

なんせ相手は一人の女性である前に、日本中が見つめる「昭和の歌姫」ですからね。

自由な恋愛すら難しかったと思います。

それにくわえ小林旭さんもまた、超人気スターです。

本来ならば恋愛も結婚も、本人同士の気持ちが最優先であるはず

しかし、二人を取り巻く世界はあまりにも巨大でしたね。

特に美空ひばりさんにとって父親代わりともいわれた

山口組三代目・田岡一雄さん存在は大きかったと言われています。

小林旭さんも、まだ結婚を真剣に考えてはいなかったそうです。

それでも田岡一雄さんから強く頼まれ、断れなかった

そりゃあそうでしょう、相手は山口組三代目ですよ。

断ったらどうなるのでしょう・・・。

その背景には、当時の芸能界特有の力関係や空気があったと思います。

恋愛が本人たちだけのものでは済まされない時代です。

そこに、この二人の悲劇の始まりがあったのかもしれません。

 

「ひばりを返してやりや」突然告げられた別れ

結婚からわずか2年後の1964年。

突然、二人は事実婚を解消します。

しかも別れ方は、あまりにも切ないものでした。

離婚会見の2日前、ひばり親子からたのまれた田岡一雄さんから

「ひばりをみなさんに返してやりや」

引用先 小林旭著書「さすらい」

引導を渡され、逆らうことができなかったと話しています。

その言葉は、実質的な別れの通告

愛し合っていた二人なのに最後を本人同士で決められないって、悲しすぎます。

今では考えられないことですが、国民的スターと結婚するというのは、

身内でありながら、国民からの授かりもののような存在なのですね。

小林旭さんとしては、それが何より苦しかったと思います。

記者会見も別々に開かれました。

本来なら夫婦で向き合うべき場面でさえ一緒ではなかったのです。

小林旭さんは会見で、

「本人同士が話し合わないで別れるのは心残りだが、和枝(ひばりの本名)が僕と結婚しているより、芸術と結婚したほうが幸せになれるのなら、と思って、理解離婚に踏み切った」

引用先 Wikipedia

と語りました。

なんという切ない言葉でしょう・・・。

愛しているからこそ、相手の人生を優先する。

それは簡単にできることではありません。

これこそ究極の愛ですね。

さらに小林旭さんは

「未練はいっぱいある。皆さんの前で泣きたいくらいだ」

引用先 Wikipedia

と言い自身の本意ではなかったと話しています。

この言葉には、本心で別れたくなかったという苦しみが滲み出ていますよね。

ホントに切ない話です。

当時、この別れは「理解離婚」と呼ばれ、流行語にまでなりました。

しかし、当時の小林旭さんにとって、大人のきれいごとでは済まされない、

深い悲しみだったことと思います。

 

愛していても一緒に生きられないことがある

小林旭さんと美空ひばりさん、

二人は日本芸能史に残るビッグスターでした。

しかし、どれだけ有名で成功しても“普通の幸せ”を手に入れることが難しかった

もし二人が、芸能界ではなく普通の世界で出会っていたら・・・。

もし周囲の期待や事情がなかったら・・・。

そんなことを考えずにはいられませんね。

しかし、それが二人の運命なのですね。

美空ひばりさんは、生涯「戸籍上は独身」のままです。

それはどこか、彼女の人生そのものを象徴しているようにも感じます。

誰よりも愛され、誰よりも孤独だった女性

そして小林旭さんもまた、別れた後も美空ひばりさんへの想いを

完全には消せないでいたでしょう。

二人の関係は、単なる芸能人同士の恋愛ではなかったですね。

昭和という時代の重圧

国民的スターという宿命。

家族や周囲の期待、その全てに翻弄された愛でした。

だからこそ今もなお、多くの人の胸に残る出来事だと思います。

愛していても、一緒に生きられないことがある。

小林旭さんと美空ひばりさんの物語は、

“普通の幸せ”がいかに尊く、幸せなことなのかを私たちに教えてくれている気がします。

改めて美空ひばりさんの「悲しい酒」が、聴きたくなりました。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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