三善英史と妻は離婚の危機を乗り越え現在は夫婦円満、母親への愛!

演歌歌手

1972年にデビューした当時18歳の三善英史さんも現在72歳(2026年)

ヒット曲「雨」の後、どのような人生を歩んでいるのでしょうか

この記事では三善英史さんと奥さんとの馴れ初めや離婚の危機になった出来事。

三善英史さんの家族愛や現在の様子まで気になる内容が盛り沢山です。

最後まで読んで読んでいただけると嬉しいです。

三善英史と妻との馴れ初めと離婚の危機!

三善英史さんの妻は一般女性で結婚当初の発表では会社員でした。

1988年10月に三善英史さんは34歳、妻は33歳での結婚でした。

妻が三善英史さんの姉が営む喫茶店でアルバイトをしていたことが二人の出会いになります。

芸能人と一般女性が出会う機会は、なかなかないと思います。

ですがこんな運命的な出会いもあるのですね。

妻が三善英史さんのファンであったこと。

三善英史さんが大変家族思いで家族と仲が良いこと。

その母親と姉からの後押しがあり交際そして結婚へと至っています。

三善英史さんの妻は三善英史さんの母と姉から気に入られていた人です。

それを思うとお二人はお互いに幸せでしたね。

しかし2007年にテレビ番組で三善英史さんは自身がバイセクシャル

(男女どちらも恋愛感情を抱く)であることを公表。

このカミングアウトがきっかけで、おしどり夫婦と言われていた夫婦仲が離婚の危機へと発展してしまいました。

妻としては三善英史さんがバイセクシャルであることが反発の原因ではなかったのです。

バイセクシャルであることを公表したことがプライベートを明かしたとして許せなかったようです。

三善英史さんの妻としては三善英史さんがバイセクシャルであることは理解しての結婚だったのでしょうね。

三善英史さんは猛省し夫婦でよく話し合った結果、離婚には至りませんでした。

 

三善英史と家族の絆

三善英史さんは1954年に東京渋谷区円山町で生まれました。

母の二三さんは芸者をしていました。

父親の存在は不明、兄弟姉妹は6歳年上の異父姉がいます。

幼少期は置屋(芸者の住まい)で母と姉の他にも大勢の女性に囲まれて育ちました。

三善英史さんのどこか中性的な雰囲気があるのは、この頃の環境が影響してるのかもしれませんね。

母親は三善英史さんの幼少期から息子の芸能生活を経済的にも精神的にも支え続けました。

三善英史さんの活躍は三善英史さんの母にとって誇らしかったでしようね。

晩年、母親の介護が必要になり三善英史さんは9年間在宅介護で母親の介護をしました。

家族の協力があるとはいえ在宅介護は大変なことですよね。

三善英史さんは

「忙しくて母にしてあげられなかった分そばにいて介護ができることが幸せ」

『自分がしてもらった事のほんのわずかでも返してあげられれば…』、という思いでした。

引用先 熟年ばんざい

何という孝行息子なのでしよう。

介護は介護をする人のことが好きでなければ、なかなか難しいものです。

だから「相手を見つめ直して好きなところを見つけるのも大切だと思います」と三善英史さんは話しています。

なかなか言えることではありませんよね私はとても感動しました。

三善英史さんは当時の様子や母への思いを綴ったエッセイを出版しています。

「介護がこんなに楽しいなんて~お母さん、もっと生きてほしかった~」です。

この本には三善英史さんの介護の様子や母親への愛情が綴られています。

 

三善英史の現在は?

三善英史さんは現在72歳(2026年)です。

今は夢グループという高齢者向けの通販企業が主催するイベントに出演しています。

またテレビの通販番組にも出演して活躍しています。

私も新聞の広告などで夢グループの紹介を見たことがあります。

昭和歌謡時代に人気のアーティストや芸能人の顔写真が載っていてとても懐かしいやら嬉しい気持ちになります。

テレビでの夢グループの社長さんとアシスタントの女性とのやり取りが楽しくて話題になっていますよね。

通販番組に出演している三善英史さんはとても親しみやすく優しさが伝わってきます。

ヒット曲「雨」を歌っていた頃のクールな雰囲気とは全く違うんですよね。

当時、大ヒット曲「雨」は、日本レコード大賞新人賞に選ばれました。

オリコンチャート7位になるなど華々しいスタートでした。

三善英史さんはデビューして丸二年の間一日も休みがありませんでした。

当時のアイドルは今では考えられないほどの過密スケジュールだったんですよね。

そんな三善英史さんは50代半ばから難聴を発症。

ヘッドホンを使ったレコーディングから徐々に聴力に違和感を覚えました。

加齢による体調不良で休養する時期もありました。

歌手にとって難聴になるのは大きな痛手ですよね。

そんな病と闘いながらも今でも体調管理に気をつけながらもイベントやコンサートで歌い続けています。

 

まとめ

三善英史さんは、デビュー当時「美少年演歌歌手」と言われました。

昭和のアイドル的存在でした。

私も当時、三善英史さんのコンサートに行ったことがあります。

白いスーツ姿で三善英史さんが舞台に登場するとファンの黄色い声援で大盛り上がりでした。

そんな三善英史さんも今では70代とは驚きです。

デビューから半世紀。

加齢による体調不良や難聴を患いながらも透明感のある高音の歌唱力は今も衰えてはいません。

三善英史さんは最愛の母のために長年にわたり介護をし続けてきました。

中でも食事からシモの世話まで。

自分が生まれて赤ん坊の時から母親が全部してくれたことのほんのわずかでも返してあげられたらとの思いで続けてきました。

そんな心根の優しい三善英史さんです。

より人間性が磨かれ今後の芸能活動にも、その経験が生かされていくでしょうね。

今は夫婦二人の時間を大切に心穏やかな生活を送っていらっしゃるようです。

それが何よりの三善英史さんの母への供養になりますね。

これからも夫婦仲よく体調に気をつけて素敵な歌を歌い続けて欲しいです。

三善英史さんの今後のご活躍と幸せをお祈りしています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました