氷川きよしさんについて検索すると「性別はどっち?」という疑問を目にすることがあります。
華やかな衣装やメイク、自由なファッション。
一方では、演歌歌手として羽織袴姿で歌う凛々しい姿もあります。
では、氷川きよしさんの性別はどちらなのでしょうか。
この記事では、氷川きよしさん自身の発言や生き方、
そして長い休養を経て見せてくれた現在の姿について、
私なりに感じたことを交えながらお伝えします。
氷川きよしの性別はどっち?「男」「女」という枠にとらわれない生き方
氷川きよしさんは、公式プロフィールなどでは男性として紹介されています。
しかし、氷川さん自身は単純に
「男性だからこうあるべき」「女性だからこうあるべき」
という性別の枠に自分を当てはめることなく、自分らしく生きることを大切にされています。
私は、ここが氷川きよしさんを理解するうえで、とても大切な部分ではないかと思っています。
氷川さんといえばデビュー当時は「演歌界のプリンス」と呼ばれ、
端正なルックスと抜群の歌唱力で一躍人気歌手となりました。
演歌を歌う姿は、まさに「男らしい演歌歌手」という印象でしたよね。
ところが年月を重ねるにつれて、ファッションやメイク、表現方法などが大きく変化してきました。
その姿を見て、驚いた人もいたでしょう。
「氷川きよしは変わってしまった」と感じた人もいたかもしれません。
でも私は、むしろ逆ではないかと思います。
変わったのではなく、本来の自分を少しずつ表に出せるようになったのではないでしょうか。
人は誰でも「こうしなければならない」という周囲からの期待を背負って生きています。
まして、若い頃から多くの人に注目されてきた氷川さんなら、
その重さは私たちには想像できないほどだったのではないでしょうか。
「男なのか女なのか?」という質問に「私は妖怪」
2025年4月、氷川きよしさんがInstagramのライブ配信を行った際、
「男なのか女なのか」という趣旨の質問が寄せられました。
そのとき氷川さんは、新曲「paty of Monsters」にちなんで、
「私は妖怪」
とユーモアを交えて答えています。
この答えを聞いて、私はさすが氷川さんらしいなと思いました。
「男なのか女なのか」と聞かれて、どちらか一方を選んで答えるのではなく、
「私は妖怪」と返す。
もちろん冗談を交えた回答ですが、その言葉の奥には、
「そんな枠に私を当てはめなくてもいいじゃない」
というような、氷川さんらしい自由さを感じます。
私は、性別について何か一つの答えを押しつける必要はないと思っています
男性、女性という区別が必要な場面ももちろんあります。
でも、一人の人間を見るときに、
それだけでその人を決めつけてしまうのは少し違うのではないでしょうか。
その人が何を好きなのか。
どんな人生を歩んできたのか。
何を大切にしているのか。
どんな歌を届けたいのか。
本当に大切なのは、そういう部分なのではないかと思います。
1年8か月の休養を経て、氷川きよしが帰ってきた
2022年年末の紅白歌合戦への出演を最後に、氷川きよしさんは活動を休止しました。
そして約1年8ヶ月の休養期間を経て、東京ガーデンシアターで復帰公演を開催。
25周年を迎えた氷川さんの復帰公演です。
私は、このステージには、
単なる「活動開始」という言葉では表せないほどの意味があったのではないかと思います。
休養前の氷川さんは、「KIINA」という名前でも活動し、
ポップスなどにも新しい可能性を広げていました。
そのため、「もう演歌は歌わないのではないか」
そんなふうに感じた人もいたのではないでしょうか。
ところが、復帰公演では演歌もしっかりと歌いました。
しかも、それがとても自然だったというのです。
私は、ここに氷川さんの大きな変化を感じます。
演歌かポップスか。
氷川きよしかKIINAか。
男か女か。
そんなふうに、どちらか一つを選ぶ必要なんてなかったのです。
全部ひっくるめて自分。
それでいいのだと思います。
復帰公演の1曲目「WALK」に込められた思い
復帰公演の1曲目に選ばれたのは「WALK」でした。
派手な演出で登場するのかと思えば、ピアノの演奏から始まり、
氷川さんが上手から登場。
会場は温かい拍手に包まれました。
この「WALK」という曲には、氷川さんのこれまでの思いが重なっているように感じます。
作曲したのは、TM NETWORKの木根尚登さん。
氷川さんが精神的に落ち込んでいた時期に長文のメールを送り、相談していたことがきっかけとなり、
「だったら、それを詞にしたらいい」と言われて生まれた曲だといいます。
そう考えると、復帰のステージでこの曲を最初に歌ったことは大きな意味があったのでしょう。
これまで悩んだこと。
苦しんだこと。
自分らしく生きたいと思ったこと。
そして、これから自分の足で歩いて行くという決意。
そのすべてを、言葉ではなく歌で伝えたかったのかもしれません。
私はこのエピソードを知って、とても胸が熱くなりました。
演歌の「氷川きよし」もKIINAも、どちらも本当の自分
復帰公演では、演歌だけではありません。
ポップスやロックなど、さまざまなジャンルの歌を披露しました。
演歌では羽織袴姿で、凛々しく歌う氷川きよしさん。
一方で、ポップスでは自由に自分を表現するKIINA。
一見すると正反対のようにも見えます。
でも、どちらも氷川きよしさんなのです。
私はここが、今回の復帰で一番素敵なところだと思いました。
「演歌歌手だから演歌だけ」
「男性だから男性らしく」
「氷川きよしだからこうあるべき」
そんな決められた枠から、少しずつ解き放たれていったのだと思います。
そして最後には、
「氷川きよし」も「KIINA」も全部自分。
そんなふうに受け入れられるようになったように感じます。
アンコールで披露された「ボヘミアンラプソディー」にも、
そんな氷川さんの思いが重なったのかもしれません。
演歌も歌う。
ポップスも歌う。
華やかな衣装も着る。
羽織袴も着る。
男性、女性という枠にも縛られない。
そんな自由な姿で歌う氷川さんを見て、
涙が出るほど感動したという声があったのも、分かるような気がします。
氷川きよしの性別よりも「どんな人なのか」を見てほしい
「氷川きよしの性別はどっち?」
そう疑問に思って検索する人がいるのは、当然のことだと思います。
見た目や表現が以前とは大きく変わったので、気になる人もいるでしょう。
ただ私は、調べた先で「男性です」という答えだけを見て終わってほしくないと思っています。
なぜなら、氷川きよしさんの魅力は、性別だけでは語れないからです。
これまで多くの人に愛される歌手として歩んできた一方で、
きっと人には言えない悩みや葛藤もあったでしょう。
周囲から期待される「氷川きよし」と、本当の自分との間で苦しんだ時期もあったのではないでしょうか。
だからこそ、1年8か月という休養期間は、
氷川さんにとって自分自身を見つめ直す大切な時間だったのかもしれません。
そして今は、以前よりもずっと自由に、のびのびと歌っている。
その姿を見ると、私は素直に「本当に、よかったね」と言いたくなります。
まとめ
氷川きよしさんの性別については、公式プロフィールなどでは男性とされています。
一方で、氷川さん自身は性別の枠組みにとらわれず、
「ありのままの自分」を表現することを大切にされています。
私は、それでいいと思います。
男でも女でもない。
そんな単純な分類だけで人をきめるのではなく、まずは一人の人間としてその人らしさを見る。
今の時代だからこそ、そんな考え方があってもいいのではないでしょうか。
氷川きよしさんは、これまで本当にたくさんのものを背負ってきたのだと思います。
でも、悩んだ時期も、苦しんだ経験も、決して無駄ではありません。
それらすべてが、これから歌う歌の深さになり、
氷川きよしさん自身の人生を支える力になっていくと私は思います。
「氷川きよし」も「KIINA」も、どちらも大切な自分。
性別という枠にとらわれることなく、自分が好きなものを好きと言い、自分らしい姿で歌う。
そんな氷川きよしさんだからこそ、
これからももっともっと輝いていくのではないかと思います。
これからも、唯一無二の歌声を私たちに届けてください。
ありのままの氷川きよしさんを、私はこれからも応援しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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