志村正彦に妻?彼女は椎名林檎って本当?死因は?今でも愛され続ける理由

シンガーソングライター

フジファブリックのボーカル志村正彦さんというアーティストを私は知りませんでした。

たまたま旅行先で入った喫茶店の壁に彼のファンから彼へのメッセージが張り巡らされていました。

この人は誰?という疑問から志村正彦さんを調べてみたくなりました。

この記事では志村正彦さんの妻や彼女について29歳という若さで逝去した死因。

代表曲の「若者のすべて」が教科書に載ったことや彼が今でも愛される理由について書いています。

最後までお読みいただけると嬉しいです。

志村正彦さんに妻?彼女は椎名林檎さんなの?

志村正彦さんは結婚していないため妻はいません。

志村正彦さんの彼女は椎名林檎さんという噂もあるようです。

しかし実際には付き合っていたわけではないようです。

椎名林檎さんとはミュージシャンとして交流があったという程度のようです。

志村正彦さんの女性ファンとしては彼女の存在は大変気になると思います。

志村正彦さんは甘いルックスと手足が長くスタイルの良さも人気の理由でした。

モテモテだったのでしょうね。

志村正彦さんが亡くなった前日の夜に椎名林檎さんは志村正彦と飲みました。

酔っぱらってしまった志村正彦さんを椎名林檎さんが自宅まで送り届けて帰っています。

志村正彦さんと椎名林檎さんとは飲み仲間であり友人関係であったようです。

志村正彦さんは自身の恋愛についても

気軽に恋愛とかできればいいんですけど、僕そんな簡単に人と付き合えないです

引用先 TAPthePOP

と話しています。

そのことからも志村正彦さんは恋愛に関しては、あまり積極的ではなかったようですね。

 

志村正彦さんの死因について

志村正彦さんは2009年12月24日に29歳の若さで急逝しています。

12月23日から連絡が取れなくなったことをマネージャーが心配していました。

そのため志村正彦さんの自宅を尋ねたところパソコンの前で亡くなっていたのです。

若者にとっては一年で一番ロマンティックな時を過ごす12月24日はクリスマスイブです。

そんな日に志村正彦さんが亡くなるとは。

翌日の12月25日に公式サイトで志村正彦さんが亡くなったことが公表されました。

志村正彦さんのファンや家族の気持ちを思うと、どれだけショックで悲しかったことでしょう。

言葉にできない程の深い悲しみと寂しさだったと思います。

志村正彦さんの死因については、この時の公式発表でも「病名(死因)不詳」となっています。

いろいろな憶測が飛び交いました。

しかし死因の真相については分かっていません。

志村正彦さん自身は曲作りにストイック過ぎることで知られています。

食事もあまり取ることなく睡眠時間もほとんどない生活を繰り返していたようです。

音楽に集中するあまり栄養失調や疲労が蓄積していたのではないでしょか。

2007年頃には体調不良で医者からも

「いろいろなことを考えないで仕事を休まないと、何年か後に死んじゃうよ」

と言われていたそうです。

まさに高みを目指すミュージシャンの性というものなのでしょうか。

本当に切ないですね。

 

志村正彦さんの代表曲「若者のすべて」が教科書に

2021年9月10日の山梨日日新聞より

来年度の高校音楽の教科書に志村正彦さんの代表曲「若者のすべて」が採用されることが決まったと掲載されています。

志村正彦さんの同級生やゆかりがある人たちは「地元の誇り」と喜びました。

採用されるのは「令和4年度 高等学校用教科書 音楽1」で高校一年生向けの音楽の教科書です。

1970年代から10年ごとに現在までの推移を区切って紹介する「ポピュラーソング」の企画です。

2000年代を彩った曲として選ばれました。

志村正彦さんの「若者のすべて」を教科書で知る生徒たちは生徒たちが生まれる前の曲になります。

しかし、こんな形で知ってもらえるとは彼もきっと喜んでいるでしょうね。

彼が作詞作曲した「若者のすべて」は夏の終わりの夕暮れ時に街の風景や心情を歌った曲です。

志村正彦さんは山梨県富士吉田市の出身です。

私がたまたま訪れた喫茶店は志村正彦さんが幼少期によく訪れていた場所でした。

富士吉田市の「M-2」というお店です。

お店の人に教えていただき彼が食べたランチを私も食べました。

彼もこの美味しい食事を幼い頃から楽しんでいたんだなぁと思うと感慨深いものがありました。

 

志村正彦さんが愛され続ける理由

志村正彦さんは生前ライブで決まって「山梨県富士吉田市出身の志村正彦です」と自己紹介していました。

志村正彦さんは自身の地元を知って欲しいという思いから彼が手書きでつくった散策マップを作っていました。

この散策マップに幼なじみの市の職員が彼の思い出を書き加えています。

それを志村正彦さんを偲んで訪れるファンに配ったりもしているそうです。

私が旅先でたまたま入ったお店が彼が幼い頃によく訪れた喫茶店でした。

そこで私は初めて志村正彦さんを知りました。

今回、志村正彦さんを調べる中で彼の才能やミュージシャンの間での評価が高いことを知りました。

有名アーティストが志村正彦さんの曲をカバーしていることに驚きました。

志村正彦さんが通ったとされる喫茶店「M-2」

そこには今でも志村正彦さんの命日(12月24日)になると全国からファンが訪れています。

彼を偲んで毎年訪れて来るそうです。

私が訪れたのは2025年12月6日でした。

たとえ偶然だったとしても志村正彦さんの命日が近いですよね。

この街とここに住む人たちを愛した志村正彦さん。

彼の、この街をもっと多くの人に知ってもらいたいという気持ちが伝わってきました。

私は志村正彦さんから1人でも多くの人にこの街の良さを広めてね!と言われているような気がしました。

そんなこともあり私は今回志村正彦さんを記事にしました。

彼が通った喫茶店から少し歩いて表通りにでるとスマホの画面に収まり切れないほどの富士山が鎮座しています。

この景色も志村正彦さんが見て欲しい自慢の地元の景色なんだろうなぁと思いました。

こんなにも地元の人たちから愛され今でも多くのファンに愛される志村正彦さん。

彼が若くして急逝してしまったことは残念ですが幸せだなぁと思います。

これからも志村正彦さんの歌は歌い継がれていきます。

志村正彦さんとの出会いに感謝しつつ

改めて志村正彦さんのご冥福をお祈りいたします。

 

 

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